「ダイアローグ・ギルティ」 そのH


〈神谷瑞樹と魚住瞳(うおずみ ひとみ)〉
 彼女は私を蔑むような目で見た。何の言葉も交わしていない。部屋に入って、いきなり冷えた視線を私に向けた。
「いきなり失礼なんじゃないの?」
「‥‥」
 答えようともせず、彼女は向かいのベッドに腰掛けた。その仕草からして彼女も勇二郎と同じ、経験者なのだろう。
 彼女は私とどこか似ているような気がした。姿形も何となくだが似ている部分が多い。歳も同じくらいのようだし、体付きや髪型、鋭い視線。全てが似ているようで、でも、ふと眺めると全然赤の他人のようにも思える。不思議と親近感を覚えるようで、本当は心の底から毛嫌いしそうな顔だった。
「あなた、名前は?」
「魚住瞳です。はじめまして」
 彼女は表情を変えずに答えた。それが彼女の性格なのか、それともわざとそうしているのかは分からない。だが、ここまで来て性格の事でどうこう言うつもりはない。どちらであれ、私には何の影響も無い事だ。私はいつもの口調で訊ねる。
「歳は?」
「二十四です」
「あら、私も二十四なのよ。何かの縁かしら」
「どうでしょうかね」
 いくら私が明るく訊ねようとも、彼女は冷たくあしらうような言い方をした。話し掛けられるのが嫌な様子だ。一直線に自分を見つめる私の視線を、懸命に反らしているかのように見える。
 彼女は経験者のはずだ。ならば、既に何回かの戦いで生き残ったという事になる。つまり、ダイアローグ・ギルティの真意を知っていたとしてもおかしくない。言葉を交わす事で生まれる感情によって、ゲームの展開に影響が出る。それがあらかじめ分かっているから、あえて会話をしようとしないのかもしれない。
 でも、私は確かめたかった。彼女が私の死に相応しいのかどうかを。昨日、真一の事をつぶさに思い出してから、その思いはますます強くなっていた。
 高瀬には悪いと思う。でも、今の私にはこれしかなかった。
「あなた、経験者なの?」
「経験者だったら、何だって言うんですか?」
「別に。ただ聞きたいだけ」
「‥‥八回目です。これで」
「‥‥」
 私は驚きを隠せなかった。
 これは単なる偶然なのだろうか? 自分とまったく同じだ。身形も連勝数まで同じ。もしかしたら、彼女も勇二郎と同じで、全弾相手に向けて引き金を引いてきたタイプなのだろうか。
「信じられないって顔ですね。別にあなただけじゃないんですよ。つまり、七回連続で勝つ事くらい、奇跡でも何でもないって事です。ほんの少し運があれば、その程度の事は出来ます」
 何もかも見透かすような視線で、彼女は私を見つめた。氷のように冷えた瞳は、とても生きている人間の物とは思えなかった。
 私は彼女が恐くなった。得体の知れない存在のように思えてならなかった。人間的な感情が全て削ぎ落ちて、機械的なものだけが残って動いている。そんな気がした。
 無表情のまま、彼女は言葉を続ける。
「まだ他にも聞きたい事、あります? 何でも答えますよ。どうせ、どちらかは死んじゃうんですから」
 決められた言葉をただ言うだけのように、彼女は口を開ける。薄暗い部屋の中で、彼女の白い肌が不気味に輝いている。まるで幽霊みたいだ。自分もそうなのだろうか、と私は自分の手を見つめる。
 私の手も、彼女と同じように白く輝いていた。
「同じ所にいるんですから、肌の色も同じ色に見えますよ」
 彼女は私が今思っていた事をそのまま言い当てた。私は言葉を失い、ぼんやりと彼女を見る。蛇に睨まれた蛙のように、体が動かなかった。
「何も無いんですか? 聞きたい事」
 彼女はベッドに座ってから、全く動いていない。よく出来た彫刻のようだ。
 体は相変わらず金縛りにあったかのように動かない。しかし、彼女が目の前で私の言葉をずっと待っている事の方が、金縛りにあっている事よりも不快だったので、無理に話題を作ろうと口を開けた。
「‥‥何故、このゲームに参加しているの? 七回も勝っているなら、お金はもう手に入ったはずでしょう?」
 咄嗟に浮かんだ台詞はそれだった。あなた誰なの? と聞きたかったが、それを言うと恐ろしい答えが返ってくるようで聞けなかった。
 私の台詞から大して間も置かず、僅かに微笑んだ。
「あなたと同じ理由です」
 と答えた。初めて自分で考えて答えたかのような言い方だった。そして、その言い方は私を突き刺すような鋭さを持っていた。
「‥‥同じ?」
「そうです、同じです。私も昔、ここで大切な人を亡くしました。だから私は、ここで死のうと思っています。‥‥何故知っているの? っていう顔してますね。どうしてだと思います?」
 彼女は明らかに笑っていた。全てを蔑むような、陰湿な笑み。
「どうしてだと思います?」
 彼女はもう一度同じ質問をした。しかし、当然ながら私は答えられなかった。彼女とは面識も無いし、素性を知られる覚えも無い。聞かれても答えられるわけがなかった。だが、それ以前に、私は恐くてもう口が聞けなかった。自分の心の中を見られて笑われているようで、心の底から彼女に恐怖していた。
「‥‥答えられないんですか? そうですよね、分かるわけないですよね」      
 彼女は得意気な表情になり、ベッドに仰向けになった。彼女の視線が外されると、体中の張り詰めていた神経が弛んでいくのを感じた。それと同時に大きなため息が一つ漏れた。
「‥‥」
 一体どのくらいの時間が過ぎたのか。高瀬がまだ来ていないという事は、おそらく彼女がここに来てから三十分も経っていないと言う事だ。しかし、異様に体が疲れていた。まるで何時間もここで彼女と話していたかのような気分だった。
 私は彼女と同じようにベッドに仰向けになった。重い腕をのばして煙草の箱を手にする。一本抜き取り、口にくわえ、火をつけ、煙を吸い、吐き出す。それだけの単純な動作が、とてつもなく辛い作業のように思えた。一体何なのだろう、この気分は。
 火がジジジッと燃える音だけが聞こえる。薄暗いうえに湿っぽい室内には、当然ながら私と彼女しかいない。しかし、彼女を視界の中で確かめていないと、まるでいないかのように思える。それ程、彼女の存在は静かだった。そこに人間がいるという独特の空気の流れや、人の匂いというものが、彼女からは全く感じられなかった。
 私は首を曲げて、彼女のいるベッドの方を見る。そこには確かに彼女がいる。ふくよかな膨らみが、規則正しく上下に動いている。
 私の視線に気づいたのだろうか。彼女もこちらを見る。やはり、その顔は私によく似ている。
「私、レズビアンじゃないですから、そんな目で見ないでください」
 悪戯っぽく笑った彼女は、視線を反らし、真上を見上げる。私もつられるように上を見上げた。
「今度は私が質問していいですか?」
「‥‥どうぞ」
 乗り気ではなかった。どんな事を言われるか分からなかったし、何よりも彼女と言葉を交わすのが恐かった。しかし、拒否する勇気も無かった。
「本当に、ここで死にたいと思ってるんですか?」
 重たい気分は、相変わらず変わらない。言葉さえも、耳の奥でじっとりと染み付くように聞こえる。言葉は、私の体の奥底に真っ黒い固まりになって付着した。
「ええっ、思っているわ」
「随分とはっきり言いますね。それくらい、決意は固いって事ですか」
「でも、あなたもなんでしょう?」
「そうです」
「なら、そんなに不思議がらないでよ」
「それもそうですね。でも、こうしませんか? 生き残った方は生き続ける」
 私は体を起こし、彼女を見つめる。彼女はこちらを見ようとせず、じっととりつかれたように天井を見据えたままだ。
「何言ってるの?」
「聞こえなかったんですか? もう一度言いますよ。生き残った方は生き続ける」
「そのままの意味でとらないでよ」
 私の視線などまるで気にならないようで、いつまで経っても、彼女はこちらを見ようとしない。
「死人の為に死ぬなんて、馬鹿げてると思いませんか?」
 暗闇の中で聞く彼女の事は、何だか自分の声のような気がした。でも、それでも構わなかった。自分だろうが彼女だろうがどちらでもいい。私は自分自身に言い聞かせるように言い放った。
「思わないわ。あの人の出来る精一杯の罪滅ぼしなのよ、これは」
「その気持ちも分からなくはないです。大切な人が死んだのに、自分だけがのうのうと生きてるのが辛い。でも、本当に正しいと思ってます?」
「どういう事?」
「きっと、死んだあの人は、こんな事望んでないと思うんですよ」
 身体全体が重たい上に、胃の奥の方がギリギリと痛みだした。彼女の言い方には刺があった。そして何よりも、私自身が悩んでいる事をスパスパと言ってのけるその態度に、みぞおちを蹴られるような不快感を覚えた。
「あんたに何が分かるって言うのよ。何も知らないくせに偉そうな事言わないで」
「何も知らないのはどっちですか? 誰も望んでいない事を、さも使命みたいな言い方して。死ねば、その人の所に行けるとでも思ってるんですか? 行けるわけないですよ。死ねばそれで終わり。それよりも、とっとと別の人見つけたらどうですか? いい人、いるんじゃないですか?」
「‥‥」
 私は歯を食いしばり、重い体を持ち上げると、彼女のベッドに近づいた。そして、相変わらずの表情の顔の前に自分の顔を寄せた。
「あんた‥‥何様のつもり? こんな所で説教たれないでよ。そう言うあんたはどうなのよ? 私と同じ理由でここにいるんでしょう? 好きな人がここで死んだから、ここで死のうとしてるんでしょ? 私と何も変わらないじゃない。あんたね、自分で自分の事否定してるのよ」
 溜まっていた鉛を吐き出すような勢いで、私は絶叫した。単純に彼女が憎らしいと思った。だが、もう一つ。言ってはいけない事を何の躊躇いも無く言いのけた事に対する嫉妬があった。
 分かっているのだ。そんな事、あの人が死んだあの時から分かっていた事なのだ。だけど、私にはあの人を殺してしまった罪悪感があり、そして、今更他の男を愛する自信が無い。戻れる自信が無いのだ。彼女の言った通りの事をするだけの勇気が無いのだ。
 彼女は全く動じる事無く、死人のような目を向ける。
「分かってますよ。私は自分で自分を否定しているんです。でも、構わないんです」
「何が構わないのよ?」
「‥‥何がでしょう? 私にもよく分かりません」
 彼女はふふふっと凍える程冷たい笑みを浮かべると、私に背を向けてしまった。私は何度も荒い息を吐きながら思った。
 この女、もう狂ってる。
「もうそろそろゲームが始まりますよ。休んでおいたらどうですか? 今日は高瀬さんも来ないようですし」
 背を向けたまま、彼女は答える。
「‥‥来ない? 何で来ないの?」
「さあ、それも私には分かりません。何だか、分からない事ばかりですね」
 また彼女は笑う。それはどこか自虐的な笑いのように思えた。
「あなたの夢なんて、一生叶いませんよ。でもあなたの愛した人の夢なら叶うと思います。だって、あなたが生きている限り、その人の願いは叶える事が出来るんですから」
 そう言うと、彼女はすうすうと寝息を立てて、眠り始めた。私はそんな彼女の顔すら見る事が出来ず、力尽きるように自分のベッドに腰を落とした。


 〈神谷瑞樹 対 魚住瞳 ダイアローグ・ギルティ開始〉
 静寂というよりは無音と言った方が正しい程、巨大な部屋には音が無かった。観客が一人もいなかった。入り口にいるはずのスーツ姿の男もいない。会場には私と彼女の二人しかいない。ここに来る時も、高瀬は来ず、私と彼女の二人だけで来た。扉の鍵は掛かっていなかった。
 普段の様子とは全く違っていた。しかし、会場の真ん中には二脚の椅子が用意されていて、その上に拳銃も置いてある。
「‥‥どうなっているの?」
 たまらなくなり、彼女に訊ねる。
「さあ? 私には分かりません。でも、椅子もありますし拳銃もあります。ゲームを始めましょうか」 
 彼女は部屋にいた時と全く変わらない冷えた瞳で私を見ると、明らかな作り笑いを浮かべた。手にはいつの間にか拳銃が握られている。彼女はシリンダーを外して中身を確かめると、慣れた手つきでシリンダーを回しながら戻し、勢いよくハンマーを起こした。室内に一際、甲高い音が響いた。
「早くやりましょう」
「‥‥」
 私は拳銃を構える気になれなかった。第一、こんな状態でゲームなど出来るわけがない。
「断るわ」
 私が毅然とした態度でそう言うと、彼女は怪訝な顔をする。
「ゲームを放棄するんですか? 殺されますよ」
「誰に殺されるって言うの? あなたと私以外、誰もいないじゃない」
「私が、殺すんです」
 彼女はブラブラさせていた拳銃を不意に私に向けると、突然引き金を引いた。カシャンという音が、あまりにも突然鳴り響いた。しかし、幸運だったのか、弾は出なかった。
 息が一瞬止まり、胃が引き攣った。その拍子に、思わずその場に尻餅をついてしまう。その様子を見ていた彼女はケラケラと笑った。
「私の番は終わり。さあ、次はあなたの番ですよ」
 腹を抱え、少し涙を流しながら彼女は言った。蟻を踏み殺す事を面白がるような、幼い少女の目をしていた。
 私は奥歯を噛み締めると立ち上がり、彼女に彼女に向ける。
「死にたいくせに、私に銃を向けるんですか?」
 彼女の瞳は、死んだ蟻の目をしていた。
「あんたじゃ、役不足なのよ」
「役不足? 私以上の適役なんていないと思いますよ」
「私の事を否定する奴に、命はあげられないわ」
 突っ放すように言い放つ。彼女は濁った眼で私を見下ろしている。
「本当は捨てたいなんて思っていないくせに」
「うるさいわね!」
 引き金を引く。カチリという音が聞こえた。空砲かと思った。しかし、思った次の瞬間、ガアンとガラスを割ったような音が響き、銃口から弾が飛び出した。弾は彼女の胸に食い込んだ。彼女がその場に倒れると、床に真っ赤な血が広がっていく。
「‥‥あ」
 あまりにもあっさりとしていた。何の達成感も無かった。充実感も解放感も、何も感じなかった。ただ、殺してしまったという事だけが他人事のように頭の中に浮かんだ。歓声も、いつもの冷淡な声も聞こえない。ビニール袋を手にした高瀬も現われない。時間の流れを確認する方法は、彼女の胸から溢れる血の流れしかなかった。
 拳銃を離す。まだ白い煙を銃口から漏らしている拳銃は、音も立てずにコンクリートの床に落ちた。
「‥‥」
 何をすればいいのか分からなかった。このまま、ここを後にしていいのだろうか? 死体はあのままでいいのだろうか? 金はどうすればいいのだろう? 私はその場から動く事も出来ず、ただただ立ち尽くしていた。
 その時だった。どこかからか音がした。私は振り向いて入り口を見る。そこには誰もいない。上を見上げる。そこにも誰もいない。でも、どこかで音がする。何かが擦れるような音。私は最後に死んだはずの彼女を見る。
 彼女の上半身が起き上がっていた。胸からは血が流れ続けている。血は彼女の周りに血溜まりを作り、それが私の足元にまで及んでいた。それでも、彼女は痛がる様子も見せず、じっと私を凝視している。
 彼女は血に濡れた髪の毛を手がかきあげる。髪の毛の向こうから見えた顔は、彼女の顔ではなかった。それは、私自身だった。いや、正確に言えば少し違う。
 死んだ魚の目をした、私だった。
「‥‥目が覚めた?」
 血塗れの私は言った。私は口を動かそうとするが出来なかった。血塗れの私はどこか落ち着いた様子で呟く。
「戻ったら、もう一度よく考えてくださいね」
「‥‥」
「本当に、あそこで死ぬかどうかを」
「‥‥」
「真一さんも高瀬さんも、あなた自身さえも、そんな事望んでませんよ。生きて欲しいって思ってるんですよ」
 そう言うと、もう一人の私は可愛らしく微笑んでくれた。それは血に塗れた顔に全く似合わない、清々しく綺麗な笑みだった。
「‥‥」 
 ゆっくりと目の前が白くなってくる。体全体の感覚が薄れ、宙に浮かんだような気持ちになる。これはゲームの最中に感じる狂気と隣り合わせの浮遊感とは違っていた。
 そして、白い靄に完全に包まれた私は、次第に眠くなり、誰に言われるでもなく目蓋を閉じていった。


 目の前には黒い闇の中に一本の白い光の筋がある。よく見るとそれは闇ではなく、天井だった。白い光は窓から射し込んでいる月の輝きだった。
 私はいつもの部屋のベッドで横になっていた。いつの間に眠ってしまったのか、全く思い出せなかった。そして、一体どのくらい眠っていたのかも分からなかった。体をゆっくりと起こす。
「‥‥」
 嫌な夢。
 そう言えばいいのだろうか。よく分からない。恐ろしい程リアルで、鮮明な夢だった。今でもあれが本当に夢だったのか、信じられないくらいだ。でも、今ここに自分がいる事を確認すると、やはり夢なんだなと思えた。
「‥‥」
 あの夢の中で、魚住瞳と名乗ったもう一人の私。彼女が最後に言った言葉を心の中で反芻させる。
 真一さんも高瀬さんも、あなた自身さえも、生きて欲しいって思ってるんですよ。
 あれは私が思っていた事だったのだろうか。納得出来るようで出来ない。私は真一の所に行く為にここにいるのだ。生きて欲しいなどとは、思っていないはずだ。
 なのに、もう一人の私はそんな事は望んでいないと言っていた。あまりにも清々しい笑顔で、生きて欲しいと言っていた。
 どちらが本当の私なのだろう。分からない。もう、彼女は現れないのだろうか? 彼女は死んでしまったのだろうか? 私が殺してしまったのだろうか? 
「‥‥」
 真一は最期に、君には幸せになってほしい、と言っていた。そして、死んでしまった。彼女は最期に、生きてほしい、と言っていた。そして、死んでしまった。
 高瀬は私が生きると幸福になると言っていた。
 私は生きるべきなのだろうか。でも、今まで何人の人間を殺してきた。真一も含めて七人だ。七人もの人間が、私と戦い死んでいった。
 そんな私にこれからも生きる資格があるのだろうか。みんなの幸福を砕き、真一の願いさえも答えようとしない私に、生きる権利などあるのだろうか。
 今まで、それら全てを死ぬ事によって解消しようとしてきた。それでしか、彼らの霊魂を成仏させられないと考えていた。いや、そんな言い方は失礼だ。それでしか、自分を納得させられないと考えていた。
 分からない。誰もそれに答えてくれない。情けない女だ、私は。死ぬ事は独りであっさりと決めてしまったのに、生きる事は自分独りでは決められない。本当に情けない。
 もうそろそろ高瀬がやってくるだろう。もう迷っている時間は無い。でも、きっと独りでは永遠に決められないだろう。私は両手で顔を覆い、深いため息をついた。
「‥‥」
 誰か、私を助けて‥‥。心の中でそう呟いていた。


第四章・完
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